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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

これからは永遠に

   『これからは永遠に』



「じゃあ永琳。出かけてくるわね」
 月の頭脳こと八意永琳にでかける旨を伝え、私は向かった。薬を飲んで蓬莱人へと成った藤原妹紅の元へ。
 お土産としてお気に入りのお茶菓子と、毎日飲む茶葉を持って。
 きっと妹紅も気に入ってくれると思う。
 一緒にお茶でも飲んで、過去のことを忘れて楽しい出来事を話して聞かせたいから。
 彼女に、聞いて欲しいから。私の苦悩を知って欲しいから。

 迷いの竹林を歩いてどれだけ経ったか。因幡うさぎ達の姿は見えなくなり、次第に名も無き妖精達が見えてきた。
 邪魔をする彼らを灰にして、妹紅が棲家とする木組の小屋を探す。
 それが見えてきたころには、竹林を燃やし尽くさんとする不死鳥が襲ってきた。
「こんな昼間から何の用よ、輝夜。そちらから来るなんて」
「酷い挨拶ね。今日は争いに来たわけじゃないのよ」
「じゃあ何の用? わたしに殺されに来たのね」
「あなたと、妹紅とお茶が飲みたいの。ほら、美味しい茶葉を持ってきたわ。いいかしら?」
「お茶だって? 毒でも入ってるんじゃないの?」
「そんなことであなたは死なない。そんなことをしても無駄。でしょ?」
「……」
 弾幕が止み、少し沈黙。悩んでいるようだ。
「ねえ、お菓子もあるのよ。ちょっといいでしょ?」
「……いいわ。入ってちょうだい」
 良かった、許してもらえた。
 妹紅の家はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。
 窓は割れ、障子は破れ放題。紙で覆っている壁材は丸見え、隙間風などそこら中にある。
 声をかけてお邪魔し、妹紅に台所の場所を聞いた。お茶を入れるために。
 妹紅に待つように伝え、気持ちをこめてお茶をこしらえて、湯のみにすすいだ。

「お待たせ、妹紅」
 返事は無かった。出来立ての煎茶にお気に入りのお餅を添えて出す。
「どうぞ、飲んでみて」
 私が啜るのを見て、彼女も口に含んだ。
 彼女の感想は無言だった。
「……お口に合わなかったかしら」
「……」
 尋ねてみても、やはり言葉は返ってこなかった。
 少なくとも不味いなんていわれていないから、そんなことはないだろうということにした。
「ねえ、妹紅」
「何よ」
「この前ね、永琳と冥界に遊びにいったの」
「そう」
「庭がとても綺麗だったわ。枯山水が見事で感動した。お姫様とは話が合って、とても楽しかった」
「ふうん」
「紅魔館にも遊びにいったの。ご令嬢お付の小間使いが手品を見せてくれて、おもしろかったの」
「……」
「博麗神社にも永琳とでかけたことがあるのよ。そのとき白黒の魔法使いが……」
「もういい!」
 叫んだ妹紅が、湯のみを壁に投げつけた。陶磁器が壊れる音。
 中身のお茶が飛び散り、障子を濡らした。
 妹紅は怒りに顔を赤くし、手を握りしめて拳を振るわせる。
 とてつ、悲しくなった。彼女を満足させることができなかったことが。
「輝夜」
「なあに?」
「あなたは本当に何しに来たの? 子供騙しの、仲直りでもしているつもりなの?」
「そんなつもりは……」
「正直、あなたの話を聞いても腹が立つだけなの。むかつくの」
「妹紅……」
「何、いきなりお茶しようなんて言って幸せ自慢? そういうの、胸糞悪いのよ」
「……」
「今すぐ出てって。今日は見逃してあげるから、今すぐ消えなさい」
 胸の中に気持ち悪いもので一杯になった。目が熱くなって、涙を流したくなった。
 誰かに、好きな人に泣きついて慰めて欲しいと思った。でも、それは叶わない。
 妹紅をとても怒らせてしまった。いますぐ出て行かなかったら、本当にスペカを駆使して殺しにかかってくると思う。
 それでも、私は伝えたいことがある。
「妹紅。どうして私が今日来たかわからないの?」
「考えたくもないわ」
「あなたに、私のことを知って欲しいの。私の好きなことを知って欲しかったの。あなたに、少しでも私のことを知って欲しかったの」
「どうして?」
「あなたを、愛しているから」
 妹紅の反応は無かった。それとも、反応のしようが無いのだろうか。
「あなたのことが好きだから、私と好きなこと、好きな話題を共有したくてお喋りに来たの。あなたが私の話を聞いて、一緒に行ってみたいね、なんて言葉が聞きたかったの」
「……」
「でもあなたは、私のことが好きじゃない。私のことを憎んでいるだけでなく、存在を否定されているから。嫌っているから。現にあなたは私の話を聞きたくないと言った。私はもう、あなたに会いに来ないことにするわ。……さようなら」
 私が立ち上がると、妹紅も立ち上がり、手で制止させられた。
 彼女は砕け散った湯のみの破片を手で拾い集めて、私に差し出した。
「ごめんなさい、輝夜。そしてお願い、お茶をもう一杯入れてもらえないかしら」
 妹紅は鼻を啜って、涙を流しながらそう言う。
 彼女の申し出に、私はこの上なく嬉しくなった。
「あなたのお茶はとてもおいしかった。正直に言えば、話を聞かせてもらっておもしろかったの。お願い、もっと話を聞かせて」
「喜んで。妹紅が望むなら、いつまでも」
 もう一度、愛してると呟いた。彼女は微笑んで、反応した。
 妹紅じゃないと駄目なんだ。
 私と同じ性質の人間だからというわけではない。たとえ妹紅が妖怪であったとしても、私は妹紅に恋するであろう。
 彼女を愛しているから。
 私達はまだ、知り合ったばかり。この先には、お互い永遠の時間が約束されているのだから。
 これからずっと一緒にいられると思えば、これまでの道のりなんて須臾に等しい。
 妹紅の湯のみにお茶を入れなおした。彼女は笑って、飲んでくれた。お餅を齧って、はにかんだ。
 私はこれから妹紅にたくさんの話を聞かせようと思う。自分の趣味、思考、やりたいこと、やってきたこと、誰にも教えていない秘密。
 その全てを知って欲しい。大好きな、妹紅とだけ共有したいから。


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